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仙台高等裁判所 平成8年(行コ)5号 判決 1998年4月07日

福島県郡山市本町一丁目一四番一〇号

控訴人

有限会社つたや産業

右代表者取締役

齋藤トシ子

右訴訟代理人弁護士

高橋金一

福島県郡山市堂前町二〇番一一号

被控訴人

郡山税務署長 菊池進

右指定代理人

大塚隆治

栗野金順

佐藤富士夫

高橋藤人

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人の昭和六一年一〇月一日から同六二年九月三〇日までの事業年度の法人税につき、被控訴人が平成元年七月二八日付でした更正処分のうち、所得金額三四七九万八〇五〇円を超える部分及びこれに伴う過少申告加算税賦課決定(但し、いずれも異議決定により一部取消された後のもの)を取消す。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを八分し、その七を控訴人の負担とし、その一を被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴人の申立

原判決を次のとおり変更する。

控訴人の昭和六一年一〇月一日から同六二年九月三〇日までの事業年度の法人税につき、被控訴人が平成元年七月二八日付でした更正処分のうち、所得金額二九万八〇五〇円、納付すべき税額四万八二〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定(但し、いずれも異議決定により一部取消された後のもの)を取消す。

第二事案の概要

原判決の当該欄に記載のとおりである。

但し、「四 争点」の項を削除し、別表3の昭和六一年一〇月一日から昭和六二年九月三〇日までの事業年度の項の齋藤祐之進に対する報酬支給額の欄に「一五万円」とあるのを「一五〇万円」と訂正する。

第三当裁判所の判断

一  本件退職金の支給及び課税の経緯については原判決の認定(一八枚目表六行目から一九枚目裏八行目まで)のとおり認められる。

右事実によれば、昭和六二年七月一日付で控訴人が支出した本件退職金九一〇〇万円は、控訴人の会計処理上給料手当勘定に一括計上されており、祐之進の遺族においても死亡退職金として相続財産に含めて相続税の申告をしているのであるから、その全額が役員退職給与に当たるというべきである。もっとも、その金額の決定に当たっては、控訴人は金内税理士に相談していること、九一〇〇万円という金額自体積算の結果であることが窺われるものであることからすると、本件退職金は、原審証人金内正雄が証言するとおり、基本退職金二〇〇〇万円に、業務上の死亡であることによる特別加算退職金二〇〇〇万円、業務上の事故死に対する給付金五〇〇〇万円、葬儀費用負担金一〇〇万円を加算して算定されたものと認定すべきであり、税務調査の当時金内税理士が調査担当者に対しその内容や内訳の説明をしなかったのは、その説明を求められなかったか、あるいは質問の趣旨についての行き違いなどから、説明の機会が得られなかったものと推認される。

そうすると、本件退職金については前記のような趣旨の金額が含まれていると認められるが、前記の本件退職金の会計処理及び相続人における相続税申告の内容に鑑みると、これらは本件退職金の金額を積算するに当たり、退職の事情として考慮された諸事情についての事項ごとの内訳にすぎないものと解すべきである。したがって、本件退職金については、その全額が法三六条の役員給与に該当するというべきであるので、本件においては、右金額について、令七二条に従い、前記の退職の事情を考慮しつつ、その過大性の有無を検討すべきである。

二  法三六条の趣旨及び令七二条の相当性判断の方法については原判決説示(二一枚目表六行目から同裏一〇行目まで、但し、同裏六行目の「両当事者間に争いがない」を「控訴人においても当然の前提としている」と改める)のとおりである。そこで、本件退職金につき功績倍率法によりその相当性を判断することとし、被控訴人主張の功績倍率による相当額算定の合理性の有無につき検討する。

1  まず、その基礎とされた比較法人の調査、抽出とその結果に基づいて算出された功績倍率の妥当性はどうかというに、乙第一〇、第一一号証によれば、被控訴人は、仙台国税局長からの通達に基づき、控訴人を所轄する郡山税務署館内から、被控訴人主張のような基準に従って比較法人を抽出したところ、その結果は原判決別表1のとおりであったことが認められ、右抽出基準自体は、いずれも控訴人の実情を反映させたものであるから、相応の合理性を肯認することができる。しかし、結果として抽出された対象は四法人五事例にとどまり、これによって判明した功績倍率は一・三〇から三・一八までの約二・四五倍もの幅があることからすると、右の功績倍率の平均値である二・三〇に基づいて算出された相当額については、類似法人の平均的な退職金額であるということはできるとしても、それはあくまでも比較的少数の対象を基礎とした単なる平均値であるのにすぎないので、これを超えれば直ちにその超過額がすべて過大な退職給与に当たることになるわけでないのは当然であり、したがって、被控訴人主張の右平均功績倍率に依拠して算定された金額をもって、これのみが合理性を有する数額であるとするのには無理がある。そして、右比較法人は相応の合理性を有する基準によって抽出されたものであるところ、そのうちの功績倍率の最高値三・一八を示しているエ法人については、平均値との開差も一・三八倍程度であることからして特異な値とは解されず、また、その支給額が過大であるとして被控訴人においてこれを否認ないし更正したとの証拠もないので、本件においては右エ法人の功績倍率こそが有力な参考基準となるものと判断する。

控訴人は、被控訴人による右抽出の対象が郡山税務署管内の法人に限られていること、本件比較法人の事業規模にばらつきが著しく、かつ控訴人を大きく下回っていること、創業者である代表取締役の業務上の死亡事例であることや事業規模の指標としての総資産額が抽出基準に欠けていることなどから、本件における比較法人の抽出基準は合理性を欠く旨主張する。しかし、対象を郡山税務署管内に限定した点は、控訴人の営む不動産賃貸業がその事業地域の所在地や人口密度、その経済力と発展性や不動産の需要と供給との関係など、当該地域固有の要素が大きく影響するものであり、他業種に比して地域的特性が強いと解されることからして、相応の合理性を認めることができる。また、比較法人の事業規模をいう点は、その大小と功績倍率の数値との間に相当程度明確な対応、相関関係があるというのであればともかく、そのような事情を窺うに足りる資料はないので、特に問題とするほどのことではない。さらに、抽出基準として別のものをも加えるべきであるとの点も、創業者である代表取締役の業務上の死亡事例を抽出するなどということは不可能を強いるに等しいものであり、創業者としての功績については後記認定の報酬額の推移から見て最終報酬月額に最大限反映されていると解されるし、業務上の死亡であることも別途右事由に基づく加算を検討すれば足りるというべきである。また、総資産額を抽出基準に加えるべきであるかどうかの点は、これを加えることで、より類似性が強まるという意味においては適切であることは否定できないものの、他方、その結果抽出法人数が更に限定されることとなるか、あるいは一定の比較法人数を確保するために他の抽出条件を緩和せざるを得なくなり、その面での類似性が弱まらざるを得なくなるのであるから、総資産額を抽出基準として加えないことが直ちにその合理性を失わせるものということはできない。また、本件では前記のとおり比較法人中の最高の数値を採用するのであるから、この点が控訴人に不利益に働く余地も少ないと解されることをも考慮すると、総資産額が抽出基準に加えられていないことをもって合理性を否定することはできないというべきであるから、右主張は採用することができない。

このほか、控訴人は、本件退職金中基本退職金部分は功績倍率を三・六三として算出したものであり、同倍率は相当範囲内である旨主張し、金内正雄作成の書面(甲第三五号証)には、資本金一〇〇〇万円以上の中小法人の平均功績倍率は、概ね三・四七ないし三・七六であるとする記載があるが、右は中小企業の役員退職金を調査した結果(甲第七号証。なお、その基礎となるデータは甲第四三号証記載のものと推認される。)の数値に基づいて推論した結果にすぎず、調査対象の業種、規模、地域等も不明なのであるから、右結果がそのまま採用し得るものではないことは明らかであり、その他控訴人との類似条件を明らかにした上で適正な功績倍率を算定するに足りる証拠はない。

以上によれば、本件において退職給与の相当額算定の基礎となる功績倍率としては、三・一八を採用すべきである。

2  祐之進の最終報酬月額が五〇万円であることは当事者間に争いがない。

もっとも、乙第一号証、第一六号証、第一七ないし第二〇号証の各三によれば、祐之進及び控訴人の取締役の齋藤トシ子の報酬額の推移は原判決別表3のとおり、祐之進については従来月額一万円から五万円前後で推移していたのが、退職の三か月前に突如月額五〇万円に大幅な増額となっているのであり、このことからすると、右最終報酬月額に至った経緯については疑問を差しはさむ余地もあるが、それが事後的な作為の結果であると認めるに足りる証拠はないだけでなく、むしろ、以前が低きにすぎたきらいなしとしないほか、原審証人金内正雄の証言によれば、昭和六一年九月に七階建てのビルディングが完成し、賃料収入の増加が見込まれていことのことであるので、必ずしも首肯できないものではない。また、右のような報酬月額の推移に鑑みると、最終功績倍率に基づく退職給与の相当額算定の基礎としては、退職前の一定期間の報酬月額の平均額を採ることも考えられなくはないが、齋藤トシ子については同事業年度については月額四五万円の報酬が支給されていること、被控訴人においても右金額を算定の基礎としていることでもあるので、右報酬月額については、そのまま本件における相当退職給与額算定の基礎とする。

3  以上によれば、本件における退職給与の相当額は、最終報酬月額五〇万円に、在職年数一一と功績倍率三・一八を乗じた一七五〇万円(十万円単位に切上げ)となる。

三  本件は、業務上の死亡による退職であるところ、そのような事情を考慮して退職金につき弔慰金としての趣旨で加算を行うことは税法上も是認すべきであると解されるので、祐之進に対する退職給与に対する右事情に基づく加算の相当額について検討する。

弔慰金については、労働基準法上、業務上死亡した労働者の遺族に対しては平均賃金の一〇〇〇日分の遺族補償をしなければならないとされていること(同法七九条)、相続税法三条一項二号により相続により取得したものとみなされる退職手当金等の給与には、弔慰金等は、被相続人が業務上死亡したときは普通給与の三年分に相当する金額は相続財産に含めないが、これを超える金額は退職手当等に含まれるものとして運用されている(相続税基本通達三-二〇)ことからすると、右の程度の金額については弔慰金として相当な額であるとの社会通念が存在し、これを前提にこれらの規定、通達が置かれていると解されるので、本件においても、最終報酬月額の三年分に相当する一八〇〇万円が弔慰金として相当な金額であると認められる。そして、祐之進の遺族に対しては本件退職金のほか、弔慰金等は支給されていないところ、同様の趣旨で退職給与に右金額を加算して支給することは相当と認められる。

控訴人は、労働基準法が定めるのは最低限の労働条件である旨主張するが、本件は、控訴人の役員であった祐之進の遺族に支給された本件退職金につき、役員給与が益金職分の性質を有するとの観点から、その相当額を判断すべき場合であり、労働者保護の観点から規定された労働条件とは異なるのであるから、右主張は採用し得ない。

また、控訴人は、労働者災害補償保険に特別加入した場合に受け取るべき遺族補償年金額を計算すると六四四〇万円となるから、五〇〇〇万円を加算することは相当である旨主張する。右六四四〇万円という金額は将来遺族が受領すべき年金につき中間利息の控除すらせずに算定したものであるからそのまま採用し得るものではないが、その点はさておいても、労働者災害補償保険は、遺族援護の趣旨を含むものであり、遺族補償年金の支給も労働者の収入により生計を維持していた遺族があるときに限られる(このような遺族のないときに支給される遺族補償一時金は、労働基準法所定の額と同額である)のであるから、元来役員在職中の職務の対価としての性質を有する退職給与につき、その弔慰金の趣旨に基づく加算相当額を検討する上では、労働者災害補償保険上の遺族年金受給額と対比することは必ずしも適切でないというべきであり、右主張は採用し得ない。

さらに、控訴人は、祐之進の死亡により生命保険金を受領したことを金額算定の事情として主張する。しかし、法人がその役員を被保険者とする生命保険契約を締結するのは、役員の死亡による退職給与の支出や役員の死亡のために法人の事業運営に支障が生じることによる損害を補填することを目的とするものと解されるのであり、その受領する保険金は、法人が支払った保険料の対価にすぎないから、生命保険に加入するに当たって被保険者たる役員に支払われるべき退職金額を考慮して保険金額を決定することはあり得るとしても、逆に受領した保険金額を基準に退職給与の金額を算定することは、まさに益金の処分に当たるものと評されるのを免れ得ないところである。また、企業が従業員を被保険者とする生命保険契約を締結し、当該従業員の死亡により保険金を受領した場合において、従業員の遺族に対して前記通達の基準を超える金額の弔慰金等の支払を命じた判決が存在する(甲第四一、第四二号証)が、右は企業と従業員との間において従業員が死亡した場合保険金の全部又は相当部分を退職金又は弔慰金として支払う旨の合意が成立していたことを認定した上、これを前提として保険金のうちの相当部分の金額を判断したもきであって、役員退職給与の相当額を算定する本件とは全く趣旨を異にするものであるから、右の判決例が本件の判断に影響を及ぼすものでもない。したがって、相当退職給与額の算定に当たって控訴人が受領した保険金額は考慮し得ないというべきであり、控訴人の右主張も採用できない。

四  本件では、業務上の死亡であることから葬儀費用の一部負担の趣旨で更に本件退職金に一〇〇万円が加算されている。葬儀費用については、法人の役員等の死亡によってその費用を負担した場合、社葬とすることが社会通念上相当と認められるときには、社葬のために通常要する金額の限度で損金算入が認められているところ、本件において控訴人は車窓を行っていないけれども、業務上の事故死であることを考慮すると、葬儀費用を一部負担することにより弔意を示すことは社会通念上相当と認められる。もっとも、前記相続税基本通達上の「弔慰金等」のうちには、葬祭料をも含むものであることから、前記の額の弔慰金のほかに葬祭料として金額を加算することの相当性につき問題の余地もあるが、労働基準法上は前記の遺族補償のほか葬祭料の支払が義務付けられている(同法八〇条)のであり、また、本件における前記のような事情を考慮すると、前記の葬祭料のほか、なお葬儀費用の一部負担の趣旨加算を行うことは相当であり、その額は労働基準法上は平均賃金の六〇日分とされていることをも考慮すると、本件退職金に加算された一〇〇万円の額も相当と認められる。

五  以上判示したところによれば、本件退職金の相当額は三六五〇万円と認められ、これを超える五四五〇万円について損金算入を否認すべきである。したがって、本件更正処分及びこれに伴う過少申告加算税賦課決定処分中、右判示の金額を超えて否認し、或いはその否認に基づいて賦課した部分はその限度で取消を免れない。よって、一部内容を異にする原判決をその趣旨に変更することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林啓二 裁判官 佐々木寅男 裁判官 佐竹浩之)

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